酉谷山避難小屋でゴミをぶちまけた君へ(2025)

3月以降の大雪の影響がなくなったと思われる頃合いを見計って酉谷山避難小屋を訪れた。私にとっては、たぶん、秋口までは山とは無縁の生活をすることとなるので、疲れていたものの楽しみな登山だった。(2025/4/14~15)

 小屋に着くと、前日の大雨で板の間は雨水で濡れており、ログ作りの躯体からは雨が洩っていた。トイレは、ドアは閉まっているものの、ドア下部の空間から入ったのか、トイレ内のコンクリートの上に動物の糞が残されていた。この界隈にテンがいるのでこの仔のもの(物)か。

 トイレの東側に出ると小屋の南斜面が見える。ゴミが散乱している。
3月14日に来た時に、小屋前南面のコオニユリの咲く場所を見渡していたが、ゴミは目に入ってはいなかった。

 ゴミは小屋南面の下段の方にも飛んで行っている。ゴミに缶酎ハイ(500ml)の缶が3缶あった。缶の胴がギュッと潰されている。

 ・つらい人生を送っている人なんだろうか
 ・大人しい振りをして他人の前では感情表現ができず、自己表現としての行動なんだろうか
 ・誰かに見てもらい話題にしてもらいたかったのだろうか
 ・そうすることによって自己の存在感を確かめたかったのだろうか
などと思いながらゴミを眺めていた。

 私が働いていた時代と違って、社会で生きてゆくことは大変なんだろうな、上司にあれこれ指示され、成果も認めてもらえず、その難しさから逃れ慰められるために来たのだろうか。かわいそうな人だ。

 酉谷山避難小屋にゴミをまき散らした人よ、3缶ものロングの缶酎ハイを持って登ってこれるなら、その根性において君の人生はまだだいじょうぶだ。心を入れ替えて仕事に専心することによって君も存在感を認められ、心根も直すことも可能だから、適当に日常を過ごすことは止め、今後はがんばってほしい。

 いつもの私ならそのごみを回収していたかもしれない(していたはずだ)。今回は朝2時まで野菜の出荷準備をし、いったん4時間ほど寝てさらに作業を再開して直売所に運んだ。そのまま山に向かったから、くたくたになって歩き、そのようなお人好しなことをする気分にはまったくなれなかったし、その人のためにもゴミはしばらくそのまま置いてあげたほうがいいのではないかとの結論に至ったのだった。
 
 総務省行政監察局は環境省の所管業務に関し、自然公園を巡視の際には記録を作成することなど、様々な観点から行政評価を下していて、巡視中に小屋に置かれたゴミなどを見たときは漫然と放置することなく職員が持ち帰ることを求めている。公務員がその職務の記録を作成していないとするとはもってのほかだ。今回の酉谷山避難小屋のゴミの件は、レンジャーにお任せする。

ないものねだりのチチブイワザクラ(2025)

日新聞社秩父通信部がチチブイワザクラの現況を教えてくれていた。40年間もその植生を調べていないとお冠のご様子だ。イライラが募っているように思われる。
  https://mainichi.jp/articles/20240619/k00/00m/040/207000c

 

日高山脈の岩稜帯に咲くヒダカイワザクラ




 記事によると、2008年に民間人が調査のために立ち入ったが、チチブイワザクラは発見できなかったとのことだ。調査の方法は知らないが、歩いて入ったなら、多くの植物を踏圧で痛めつけてしまったことだろう。そこが大きな問題点ということは分からないのだろうか。絶滅したチチブイワザクラを探すために他の植生を痛めつけるのは本末転倒だ。今さらあろうがなかろうがそうっとしておけばいい。生き残る個体が今もあるかもしれない。記事化の最大の問題点は、記事に触発され、「花探し」「花盗み」を目的に当該地に入り込んでしまうことにもある。

 毎日新聞は管理する横瀬町が植生などの現地調査を実施していないことを問うたようだ。横瀬町教育委員会は「「調査に伴う環境負荷による『変化』よりも、調査しない『現状維持』を優先させた」とする。この姿勢は正しい。役人はその手の人からの禍が怖いから平伏した態度を示すが、今現在のプライオリティは「草木」の探索・保護より、児童生徒の教育にあると陰で舌打ちしているに違いない。植物の保護も活動も行き過ぎると本筋を忘れてしまう。あまり行政に手間暇かけさせないことだ。秩父市指定の天然記念物「浦山のフクジュソウ」は全くノータッチで群落地への立ち入り・踏み付けし放題だったが、篤志家がバリケードを張ってくれていた。

 植物保護を声高に叫んだり、行政を突き上げたりせずとも、自分たちでやれることはあるはずだ。

 某地にアツモリソウの群落を見つけた(ことがある)。盗掘され尽くしたものと判断された場所だが、20数株がひっそりと生き残っていた。そういったこととは知らずに(他の)植物の保護柵工事が行われたのか、表土が削り取られアツモリソウはなくなってしまった。

 チチブイワザクラが生き残っていようが、どこの岩場でリスト植物が絶滅しようが今となっては手の尽くしようがない。それを言ってもしようのないことだ。騒ぎ立てることはない。

 北海道のサクラソウ類を探し回った日々があった。リシリコザクラに始まりヒダカイワザクラ・カムイコザクラのほか、ソラチコザクラ、サクラソウなどぼサクラソウ科を追い求めた。誰も足を踏み入れていないヒダカイワザクラの群生地は圧巻だった。もうなくなったチチブイワザクラの幻影を追い求めるのも酔狂でいいと思うが北海道ならカムイコザクラも待っているし、他のサクラソウ科の花も待ってくれている。
  https://yamatabi-hanatabi.com/samaniyukiwari2004.html


 参考(チチブコザクラ関係~毎日新聞の記事転用)
  https://www.facebook.com/groups/699828216770443/posts/7835122243240969/

酉谷山避難小屋の水場の様子について(2023年11月)

酉谷山避難小屋の水場は、いつもの年ならば涸れている時期でもあるのですが、今年(2023年11月末)はまだ健在です。

ただ、酉谷山避難小屋の水場は、地層深くからの水脈を持っているわけではないと思われます。寒さが厳しくなるとピタッと出なくなり途方に暮れますので、基本、自分が必要な水は自分で担ぎ上げるというのが無難です。

なお、以前は善意の方が使わなかったペットボトルを置いていってくれていましたが、この水を当てにして使い放題となっていたことにより、最近はほぼこのような水を当てにはできません。これは確実なことです。

 

「山に登るなら、自分が必要な水は自分が持ってくればいいだけのこと。」ではないでしょうかね。

やま旅・はな旅 北海道

このブログは、ホームページ「やま旅・はな旅 北海道」の関連記事などを、ヤフー・ブログの終了に伴って移行するために開設しました。

 

山の話を中心に、日々の出来事や考えなども載せていましたので、引き続き同じようなスタイルでやっていきたいと思っています。

 

皇后さまと曽野綾子先生 (2018)

皇后さまが84歳の誕生日を、20日迎えられた。
皇后さまの誕生日に寄せた曽野綾子先生の談話が今朝の産経新聞に掲載されている。
その中でその先生は「葉山御用邸で静養中の天皇、皇后両陛下が我が家に来られる」ことがあり、その際は「大根を使った家庭料理をお出しする。」と言われている。

曽野先生はご自宅に客人をお招きするときは、どなたに対してもありきたりの家庭料理を出されると言われているが、天皇皇后陛下に対しても同じようなもてなしをされているということだ。

これまで先生の著書や新聞雑誌への寄稿文を読んで違和感を感ずることは99.99%なかったが、このたびの談話でよくよく先生の人となりがなお一層理解できた。

皇后さまは天皇のご退位後は畑でマクワウリを作って見たいとおっしゃられている。曽野先生は皇后さまがお忍びで書店に寄られるのをお手伝いしたとのことで、皇后さまは後で「文房具売り場にも行きたかった。」とおっしゃられたそうだ。

書店にも、文房具売り場にも行くことができない皇室での不自由な生活から解き放たれるときがこれから少しでもあればと願うところである。

社会人となってから国内留学で英語学校に通っているときの校長が大の皇室嫌いで、天皇制度は憲法違反だとか、皇居などはいらないと戯言を言っていたが、どうしてそのような神経構造になるのか今もって分かることができない。

年齢を重ねるほど野菜畑に山登りにますます忙しくなって、ここしばらくその綾子先生の著書を開くことが少なくなったし、近著の購入も滞って、山部屋に積み上げている曽野綾子先生のご本のリストの更新もここしばらく遠ざかっている。

日高山脈地図無し登山(2018)

2018年の日高山脈の登山記録を探していると「日高山脈地図無し登山」というエッセイがあることを知った。

そのエッセイは日本文藝家協会編著による「ベスト・エッセイ 2018」所掲なるも、初出は「文藝春秋」2017年12月号である。著者は「角幡唯介」でノンフィクション作家・冒険家とある。

朝日新聞社に在籍していたことがあるということだが、エッセイを読んでその内容に空疎さを思えるものだった。ひょっとしたら「日高山脈地図無し登山」はフィクションとも言えそうだったけれど、NHKETV特集で取り上げられたというのだから、まさか虚構ではないだろう。

氏は2017年8月13日から23日までの11日間、地図を持たないで日高の山に入って8日目、カムイエクウチカウシ山の北面が見える稜線に立ったということのようだが、13日から19日までの間どこを彷徨していたのだろうか一切地名や特徴ある地形を示していない。

ブログではカムイエクウチカウシ山のことを八日後に主稜線に出て、こういうかっこいい山に登れた。まだ地図を見てないので、私のなかでこの山はまだメンカウラー岳という、私だけの名前で呼ばれている。」と描いている。事前にもまったく地図を見ていないと言っているようなエッセイや自身のブログの記述振りであるが、登山前も登山後ももまったく地図を見ず、他者の登山記録も見ていないとする氏の言葉は日高の山を長期間歩くということは素人にはにわかに信じられない。

「次々と現れる発電ダムや林道にかなりうんざりした。途中でピラミッド状の山が三つならぶ河原に出たときは、おお、すごい、ここはまるで王家の谷だと感動した」と書いているのが唯一地形的、場所的特徴を表しているが、内容がいたずらに空疎であり、カムエクやピラミッド峰に出るのに8日を要する経路を是非とも知りたいものだ。

「コンクリートから人へ」そしてその結果が・・・。

西日本を中心とする異常気象による大災害の元凶の一つは、やはり「コンクリートから
人へ」のアジテーションを行った旧民主党であるというべきである。

曽野綾子先生は、予算の削減が技術者の減少につながると将来の危機を訴えられていた。正しいことが正しいこととして伝えられず、そのときどきの社会の空気の流れで正しい政策を打てないことが今年の災害にも表れている。

この1年、国会が開かれれば「モリ・カケ」問題に固執し、国の安全などの大事を論じることがなかった野党は、本当に能力がない生き物の集団なのだなと日々思うのである。

https://blogs.yahoo.co.jp/ciqi2/52453000.html
(湖水誕生を読みながら)