ペテガリ岳~コイカクシュサツナイ岳縦走 第4日目(2005・8・3)

第4日目 1600mへ・8月2日
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昨夜の星空が嘘のようだ。風雨がテントを揺らす。ラジオから流れる天気予報も悪い。このまま進むと途中にエスケープルートはなく、下山するなら今しかない。しかし、Cカールからペテガリ岳経由で浦河に出るとしても、来たときと同じようにペテガリ山荘で1泊して山越えし神威山荘で1泊、携帯が通ぜずタクシーを呼べなければ林道を40km歩かなければならない。その間にニシュオナナイ川が増水していることも考えなければならない。3日かけて下山するなら、3日かけて前進することも同じことと判断してこのまま進むことに決める。水場に下りて水を取る。
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今日中にヤオロマップ岳に到達できれば1日分だけの水でいい。しかし先の予測がつかないので7リットルの水を汲む。ナキウサギがピチピチと泣く岩場のテント場から撤収する。濃霧で日が射さないカールには、朝露を浴びたチングルマが一面に広がっている。Cカールから稜線に出るにはカール壁を攀じ登らなければならない。急斜面の草付、樹木の枝を頼りに苦しい壁登りをする。

稜線に出ると日高側から風雨が寄せてくる。すっかり濃いガスに包まれてしまったルベツネ南峰に向かうことを考えるので精一杯で、もうカムイビランジを見る余裕もない。ハイマツやナナカマドの枝を押し分け体の後ろに回して一歩一歩前に進む。Cカール分岐から南峰までの水平距離は約700m、標高差は200m程度に過ぎないが2時間もかっかってしまった。雨が激しい。
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南峰からルベツネ山まではハイマツが切れるところもあって歩きやすいと言えば歩きやすい。そうはいってもかすかに残る登山道はハイマツに覆われていて、ハイマツの枝を渡り岩場混じりの古い踏み跡をたどって進む。南峰を越えてすぐにあるしっかりした岩場にプレートが嵌められている。昭和35年8月2日に北大スキー部の2人がここで遭難死していることが書かれている。「8月2日?今日は8月2日だ」と不吉な思いに駆られる。昭和35年の8月2日の天候はどうだったのだろうか。平成17年の8月2日の天候も最悪だ。


ハイマツの枝の表皮がところどころはがれ、ところどころの枝が枯れている。今年になって、それもそう遠くない時期に誰かがここを歩いている。ガスはますます濃くなっていく。濃霧のルベツネ山からの先の尾根の視界が効かず方向を見失う。コンパスの様子がおかしい。コンパスは北を指しているが実際は東のようだ。原因は熊鈴に付けた磁石が影響している。オロマップ岳の方向は実際は北北西だが、現在地からは右に曲がって北北東方向の稜線を歩かなければならないはずだが、この稜線を下っていくと踏み跡が消失している。いったんルベツネ山に戻って再び同じ稜線を下って確かめるが踏み跡が見つからない。踏み跡が見つからないまま背の高いハイマツをかき分け、踏み付けながら1688m方向へと進む。
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踏み跡のない尾根のハイマツ帯で足を滑らせて前のめりになり体が折れ、ザックが頭の上に来て体を起こせなくなった。ほうほうの体でザックを離す。1688mの南面に近づくとまたハイマツが濃くなり踏み跡が消えるというより、大きなブッシュ帯に突入する感じになる。1688mから先の稜線は十勝側がところどころスパッと切れ落ちている。日高側のブッシュは非常に濃く時間短縮には十勝側を通らざるを得ない。靴幅2つ程度の幅の足場なのに熊笹が被さっていてスリップしやすい、と思った瞬間、足がすくわれ体が落ちると同時に両手でハイマツの枝に抱きつく。体が半分落ちてしまい重いザックを背負っていて難儀するが、馬鹿力で這い上がって一息つく。滑落の危険からは逃れられたが、このとき、精神上は遭難状態となっている。

幾度となくアップダウンを繰り返し1469mに着く。既に12時を過ぎてしまっている。ここで休んでいる場合ではないと頂上を後にするが、疲れている。ザックを下ろす場所を見つけ、雨の北斜面に腰を下ろしてしばらくの間睡眠をとる。雨が間断なく吹き付けるが、熟睡できた。1600mまではあと1.2kmほどある。ザックを背負い直しガスに覆われて先は見えないが進まなければならないと心を奮い立たせて出発する。しかし1469mからのコブを3つほど攻めるともう精も根も尽きた。目的地のヤオロマップ岳までは4kmもあって、この状態では今日中に到着することは困難である。
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あと500m進むと1600mである。だが、この登りに1時間30分も費やしてしまい午後3時、ようやく1600mの頂上に着く。テントを張るスペースがある。稜線の吹きさらしではあるが、十分整地されている。1600mの水場情報はないがCカールで汲んだ水が十分にある。雨の中テントを設営し、びしょ濡れになった衣服を脱ぎ捨ててシュラフの中に体を滑り入れる。乾いた寝袋は快適である。このままの天候では明日の1839峰の登りはあきらめざるを得ない。ヤオロマップ岳からコイカクシュサツナイ岳へとまっすぐ進むことに決め、疲れた体を休めるため眠りに就く。
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風雨が強い。テントはしっかり設営してあり、ポールが折れるほどの風でもないが日高からの風が雨をテントに叩きつける。目が覚めると心臓が早打ちしている。自覚はないが、この悪天候、この困難な縦走に対する防衛本能がそうさせているのかもしれない。ともあれ、8月2日はようやく無事に過ぎようとしている。